▼映画ライター=尾鍋栄里子。
11月のオーナイス!は、1999年の作品『白痴』のデジタルリマスター版に続いて、最新作『ばるぼら』が公開されるヴィジュアリスト・手塚眞監督にインタビュー。
最新作『ばるぼら』で、父・手塚治虫の漫画を初めて実写化した手塚眞監督。「5年ほど前に、次は大人向けのファンタジーを作りたいとなと。少し色っぽいところがあり、不思議なところもある。そんな原作がないかと考えた時に『ばるぼら』を思い出して。改めて読み返してみたら、自分がやりたかった要素が全部入っていたんです」。
原作は手塚治虫が1973年〜74年に「ビッグコミック」で連載。混沌とした1970年代を背景に、芸術とエロス、スキャンダル、オカルティズムなど様々なタブーに挑戦した大人向けの漫画。映画化にあたって「複雑なテーマと様々なエピソードが多重的に入っていて、全部を映画にすると大作になってしまうし、混乱するような映画になってしまう可能性もある」と感じた監督は「シンプルに男女の話を描くこと」を選択。「どんな不思議なシチュエーションであっても、ボーイミーツガールの典型的な話だと思ったので、まずそこをきちんと作ろうと。後は自分が子供の頃から印象に残っている面白い場面をなるべく捨てないで全部入れていきました」。
異常性欲に悩まされる人気小説家・美倉洋介が、都会の片隅でホームレスのように生きる謎の少女・ばるぼらと出会い、破滅していく。男と女が現実と幻想の狭間を彷徨いながら狂気の果てへと向かっていく物語であり、ハードなシーンも多い。そのため主人公たちを演じるのは芝居のできる俳優でなければならなかった。そして何人かにオファーをしたというが、「手塚治虫の原作は魅力的だし、やってみたいけれど自信がない」と、断られたという。その頃、二階堂ふみはまだ未成年。監督はオファーを遠慮していたそうだが、企画してから5年以上が経って彼女は20歳を超え、セクシーな役も演じるようになっていた。「そこで思い切って声を掛けたらすぐに“興味がある”と返事をいただきました。ただ、相手役は誰でもいいというわけにはいかないと(笑)。それはそうですよね。身体を全部預けなくてはいけませんから」。
その後、稲垣吾郎の名前が挙がった。「僕は以前から稲垣さんとやってみたいと思っていました。ただ非常にお忙しい方ですから、ダメで元々とお声掛けしたら“興味はある”とお返事をいただいて」。
しかし、ほどなくして稲垣の環境が変わることになり、暫く待つことに。「一年後に正式に稲垣さんから“やらせていただきます”とお返事をいただきました。最高の組み合わせが実現して本当によかった。この数年間は2人を選ぶために必要な時間だったんだと思いました」。
監督が惚れ込んだ2人の魅力は「品がある」こと。「過激な場面もどぎつくなくやってもらえました。どんなに激しい場面でも最低限の品性を保てる。これは演技というより本人の資質。それは映画に一番反映されるんです」。激しいラブシーンでさえ、美しいアートのように感じられるのは2人だからこそ。それをセンシティブに捉えたカメラマン、クリストファー・ドイルの功績も大きい。この3人のコラボレーションを「奇跡」だと振り返る監督。「色々なことが奇跡的な組み合わせとタイミングで起きていたんです。稲垣さん、二階堂さん、そしてドイルさんのスケジュールも合った。本当に忙しいスターの人たちですから、ちょっとスケジュールがズレても成立しない。本当に奇跡が起きたと思いました」。
舞台である新宿の街が美しくセクシーに撮られているのはクリストファー・ドイルならでは。雨の中、ばるぼらが傘をさして歩く場面など、印象的なカットも多い。
「雨の場面は完全なアドリブ。ドイルさんに“二階堂さんを1日貸すので、好きなところで好きなものを撮ってください”とお願いしたんですが、その日は雨が降ってしまい、撮影許可が下りなかったり、いろいろな問題が起きて。一度は諦めて解散したんです。ところがドイルさんが帰りかけていた二階堂さんを引き戻して“ちょっとそこを歩いて! ”といきなり撮り始めて。それから10分ぐらい、二階堂さんは何も指示されず歩いていて、彼が好きに撮って。これぞクリストファー・ドイルだと思いました。ちょっとハラハラしましたけどね(笑)。結果的に欲しかった映像になりました。またその映像に橋本一子さんの音楽がぴったりで。そうすると稲垣さんの存在が足りないと感じて、後から声をかぶせました。原作はヴェルレーヌの詩で始まりますが、同じヴェルレーヌの別の詩を稲垣さんに読んでもらって。それが見事にハマって、この場面は自分でもすごく気に入ってます」。
現代でありながらどこか懐かしく幻想的。そんな独特な空気を作り出しているのは冒頭から流れているジャズの音色。「現代を舞台にするつもりでしたが、原作の持っている奇妙なレトロ感も捨て難くて。新宿の雑踏と一番合うのは50年代、60年代位のジャズの音だなと。橋本一子さんとは30年近い友達で、今まで多くの映画の音楽を作ってもらいましたが、彼女の十八番のジャズは使っていなかったので、今回は心ゆくまで演奏してもらいました」。さらに音楽と映像が気持ちよくハマっているのには理由が。「映画では音楽監督を決めて発注するのが普通ですけど、僕はこことここに音楽をつけようと考えて直接音楽家の方に発注します。音楽家の方には脚本を渡して映像は滅多に見せません。編集した映像に合わせて音楽を作るのではなく、脚本のイメージだけで音楽を作ってもらい、それに合わせて僕が編集するんです。時には音楽のインスピレーションでシーンを作ったり、内容も変えてしまったり、0.1秒まで厳密に音楽との調整をしています。だから音楽とぴったり合うのは当たり前(笑)。ただ音楽家の人や音楽自体に信頼がないとこんなやり方はできません。橋本さんとはお互い気心が知れていますので、テーマを言えば絶対に僕が欲しいと思う曲が返ってきますから。今回もとてもやりやすかったです」。
最高の原作、最高のキャスト、そして最高のスタッフが、運命的なタイミングでぴたりとハマり完成した『ばるぼら』。その奇跡の映画をぜひ映画館で目撃して欲しい。
INTERVIEW&TEXT=尾鍋栄里子
(C)2019「ばるぼら」製作委員会