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『窮鼠はチーズの夢を見る』

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▼映画ライター=尾鍋栄里子。

 

 今回は、『世界の中心で、愛をさけぶ』、『ナラタージュ』の行定勲監督が、関ジャニ∞の大倉忠義と若手実力派俳優の成田凌を主演に迎え、男同士の恋愛を描いた『窮鼠はチーズの夢を見る』。コロナ禍でAmazonプライム・ビデオ配信と劇場の同時公開に踏み切った『劇場』、そして本作と話題作を連発する行定勲監督にリモートインタビューしました!

 

 

観客が能動的に観られるような映画を

 

 原作は「失恋ショコラティエ」「脳内ポイズンベリー」の水城せとなによる「窮鼠はチーズの夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」。高い画力に加え、心に響く言葉で読者を魅了してきた傑作コミックです。映画でも“心底惚れるって、すべてにおいてその人だけが例外になる”“人を好きになりすぎて、自分の形が保てなくなって壊れる”など、恋愛に関する名言が登場しますが、映画化にあたって行定監督が意識したのは「言葉による心理表現を使わない」ということ。

 「原作は画として成立しているところがありますし、モノローグやセリフなどで心情をあぶり出す言葉が散りばめられていました。映画ではその言葉を使わずに、どうしたらリアリティーのある心情をあぶり出していけるのかを、脚本の堀泉杏とかなり話しました。あえて心情を説明しない、観客が能動的に観られるような映画にしたいと。そして彼女が書いてきたシナリオの初稿は、原作にあった心情描写の言葉を抑え、日常感を立たせていた。今まで僕が作ってきたラブストーリーの延長上にあるものというか、BLやLBGTQのようにカテゴライズされた世界観を感じさせない、1人の男が1人の男を好きであることに終始したラブストーリーになっていたんです」。

 

 

快楽も欲望も全部ひっくるめてあるがままに描く

 

 自分を好きになってくれる女性と受け身の恋愛ばかり繰り返し、“流され侍”と呼ばれる大伴恭一が、7年ぶりに大学の後輩、今ヶ瀬渉と再会。「昔から好きだった」と突然想いを告げられ、戸惑いながらも受け入れていく。心と身体の距離を縮めていく男と男のラブストーリーを描くには、原作と同様にラブシーンが不可欠だったそう。「原作にあるからではないし、男女でもベッドシーンを描きますから。これは愛の話で相手を受け入れることが大きなテーマ。それはセックスも含めてです。そこに恋愛感情が生まれているとしたら、興味から始まって快楽とか欲望も全部ひっくるめてあるがままに描くべきだと考えていましたから、むしろベッドシーンは必要でした」。

 

 

 ベッドシーンの演出については「意識的になっている時点で差別とか区別みたいなことが介在してしまう。この映画の世界観にそれを入れる気はなかったんです。描かれているのは今日的なテーマで世の中に溢れている話。観る人にもそう受け取ってもらいたかった」と、男同士だからと意識したことはなかったそう。ただ、そこには今までにはない感情が。「ふたりの関係性の中で、恋情みたいなものが生まれるプロセスを丁寧に描くことは脚本家のひとつの狙いでした。セックスだけでも明らかに関係性が見えてくる。それにハッピーエンドに向かっていくだけではなく、この2人の結ばれ方にはちょっと背徳感が感じられる。それは犠牲になる女性がいるからで。婚約者のいる男が前の恋人と別れられないのは男女の関係でもありますけど、相手が男に変わることで生まれる感情は特有なもの。男性同士のラブストーリーだからこそ、背徳感を携えてまで愛がある。そこは僕にとっても今までにない感情でした」。

 

 

ニュートラルに男の愛を受け止めた大倉忠義

 

 人を惹き付けてやまない色気を放つ恭一役の大倉忠義、そして抱きしめたくなるほど可愛らしい今ヶ瀬役の成田凌。「あるがままに存在しようとする大倉忠義がいて、ムードメーカーになろうと立ち回る成田凌がいる。現場でも恭一と今ヶ瀬さながらの感じ」だったというふたり。大胆なラブシーンにも挑み、痛み、苦しみ、喜びと、愛に伴うあらゆる感情を体を張って表現しています。「原作と違う人間臭さが感じられるのは、大倉忠義があるがままにこの映画に身を捧げているからだと思うんです。こういうことをやってやろうというのではなく、非常にニュートラルに1人の人間として男の愛を受け止める。本人のセクシャリティとは違うし、経験もないけれど、脚本にあるものを追体験していく。そこで感情が生まれてくる。恭一のちょっとツンデレな感じ、優しくて寛容に見えるけれど奥底に影があるところは大倉本人が持ち込んできているもの。それがこの映画のトーンを作っている。原作に対するプレッシャーはあったと思いますけど、大倉には自分が感じたまま演じて欲しいとお願いしました。でないと映画のリアリティーは生まれないですからね。逆に成田の今ヶ瀬は原作が参考になっていると思います。でも恭一の態度によって今ヶ瀬の焦がれる想いのあり方も違ってくる。大倉が主役で成田が合わせて立たせていく。そういう意味ですごく相性が良かったんじゃないかな」。

 

 

 観る人の心をかき乱す数々の名シーンを演じたふたり。その中で監督の印象に残ったのは、恭一が2丁目のゲイクラブに行くシーン。「脚本では恭一がなぜ行ったのか、どんな感情なのか、全く説明がされていませんでしたが、大倉は“自分なりにはわかっているつもりです”と言うので任せました。実はその撮影の時、大倉は足の指の骨が折れていて、相当疲弊していたんです。脚本にはゲイクラブを出て2丁目の街を泣きながら走ると書いてありましたが、早歩きしかできなくて。でもその痛みもひっくるめて体中で表現できていた。明らかに何か感情が表出している。すごくいいシーンになりました」。

 

退屈な場面にこそ映画が映画である意味がある

 

 完成した『窮鼠はチーズの夢を見る』は、数々のラブストーリーを世に送り出し、恋愛映画の巨匠と呼ばれる行定監督が「今までで一番の恋愛映画」と胸を張る作品に。

 

 

 「僕が撮った中で恋愛映画と言えるのは『贅沢な骨』、『ナラタージュ』、そして『窮鼠—』の3本。普通は『窮鼠—』のように、再会から相手を受け入れるまでの大きなうねりみたいなものをこれほど丁寧には描けない。ありきたりのことってつまらないから省略するんです。でも退屈だと思われるような場面にこそ、映画が映画である意味があると思うんです。映画の中で恭一と今ヶ瀬が屋上でちちくりあったり、ポテトチップスを食べながらバラエティ番組を見たりするのは、誰にでもあるような退屈な風景ですよね。それなのに不思議と違って見える。僕は気持ちが受け入れられたり、突き放されたりしている人間の姿をラブストーリーに見ているので、そこを省略せずに描けた『窮鼠—』は今までで一番、正真正銘の恋愛映画になっていると思います」。

 

INTERVIEW&TEXT=尾鍋栄里子

 

『窮鼠はチーズの夢を見る』
 2020年9月11日(金)よりミッドランドスクエアシネマほかROADSHOW

公式サイト 

 

(C)水城せとな・小学館/映画「窮鼠はチーズの夢を見る」製作委員会

 

#エーガね


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